【あらゆる経験が己の変化を促す糧となる】
“個性的”という言葉では到底表し切れない強烈なインパクト。知性に富んだ穏やかな人当たりながら、ともすれば飲まれてしまいそうな不思議な感覚を抱かせるその人は大黒堂ネロさん。一見なんらかの分野のアーティストかパフォーマーであるかのような印象だがその実、骨董市場を巡っては目利きした品をインターネット上で販売する古美術商である。
ネロさんが肌に初めてインクを刺し入れたのは18歳のとき。同世代の知人がタトゥーを始めたと耳にし、二日連続で計24時間を掛け右腕一本をトライバルで仕上げた。首にまで届くデザインだったと言うから、ファーストタトゥーとしては非常に大胆な部類だろう。しかし当の本人は「ただタトゥーというものを経験するチャンスがそこにあったので——」と事もなげだ。
それから数年が経ち、後にSWALLOW NESTとして独立する彫飛呂氏と出会い、本格的にタトゥーに傾倒することとなる。今はもう黒く塗り込まれた肌にうっすらとスジ彫りの跡が見えるだけだが、ネロさんは一度、一風変わった胸割りの和彫りで全身を仕上げている。このときの姿を彼は「第一形態」だと振り返っており、つまり今のブラックアウトされたスタイルは二巡目となるボディスーツを完成させた姿なのだ。
一度ならず二度までも全身を埋め尽くすタトゥーを完遂するその胆力には感嘆を禁じ得ないが、ネロさんは「ボディサスペンションの痛みに比べれば」と微笑む。彼は最も苦痛を伴うとされる胸骨の上での一本吊りの経験者であり、今なお胸元にはその傷痕が確認できる。何故そこまで自分を追い込むのかと尋ねると、こう返ってきた。「全ては経験のため。痛みに限らずどんなことであれ、それによって自分がどう変化するかを見るのが楽しみなんです」。
ネロさんの身体は自ら描き出したアイデアを彫飛呂氏がブラッシュアップする形でデザインされており、ただ無造作に黒く塗り潰されているわけではない。要所に肌色を残すことで全体に緩急を生んでおり、一色の黒に見える部分も目を凝らせば濃度の異なるブラックインクでアブストラクトな文様が描かれていることが分かる。
次は顔面への広範なタトゥーイングを予定しており、それがネロさんの刺青人生の終着点になるのかと思いきや、左にあらず。更なる形態進化がすでに計画されているのだと言う。「刺青は一度切りのものである必要はない」とはネロさんの弁だが、その言葉は自身が楽しんでいるが故の説得力に満ちている。
Nero’s current “form” was designed by Horihiro, who takes ideas drawn up by Nero himself, and adjusts them as need be. It is not just a blackout body suit as skin tone is left in strategic places to avoid becoming monotonous. If you closely inspect the black areas you can see abstract patterns that have been applied in difference of densities with black ink.
ネロさんは古美術商を営む傍らで、ライフワークとして春画を筆頭とする性風俗を描いたアンティーク品や昭和のエログロアイテムを収集している。その数たるや膨大で、守備範囲も芸術的、医学的な物からお下劣な物まで多岐に渡る。
そして今、彼の地元である滋賀にそれら秘蔵の品を公開する場を設けようと動いており、今回撮影を行ったのはその一室だ。写っているのはコレクションのごく一部であり、どのような展示となるか興味は尽きないが、ネロさんの感性をもってすれば凡庸な秘宝館とは一線を画す新たな名所となるのは間違いないだろう。
In addition to being an antique dealer, Nero is also a collector of antique items depicting sexual customs such as shunga and erotic grotesque items from the Showa Era (1926-1989). His collection is staggering with items and subjects from the artistic to the medical to the vulgar.